肥育牛の突然死の原因は肝膿瘍?
NOSAI時代は肥育牧場に診療に行っても「注射はこっちで打つから薬だけ置いていって」と言われ牛にも触らせて貰えませんでした。新人獣医だった事もあるでしょうが、先輩獣医師も肥育牧場で治療している様子は無かったのでそういう時代だったのかなと思います。30年も前ですから…..今は違うと思います、たぶん。
その後和牛繁殖の牧場で働き、配合飼料会社へ転職しました。配合飼料会社に入り牛の経験があるとの事で肉牛の研究技術員に配属され肥育牧場に伺う機会が増えました。
ほぼ肥育牛に接する機会も無いまま来ましたから、肥育牛の病気も、目の前の牛がどれくらいの体重なのかも、この月齢でこの大きさなのは正常なのか否かも全て判らない状態のスタートでした。
配合飼料会社なので病気の話になる事はほぼ無かったのですが、時折「肝膿瘍でポロッと死ぬんだよな」という話を聞きました。肥育牛の突然死です。「前日まで異常無くて眠るように死んでいる時は肝膿瘍なんだって」という話でした。
聞く側に知識が足らないので「そうなんですか…」くらいの反応で今考えると我ながら情けないと思います。突然死の死因を究明する立場でも、その必要も無かったからではあるのですが…
肥育牛の死亡原因
「肥育牛の栄養と感染症」木村信熙(The Jornal of Farm Animal in Infections Disease VoL1 No.2 2012)の「死廃の原因となった肥育牛の主な疾病発生率の変化」という表から肝膿瘍の死廃を見てみます。突然死のみでは無くすべての死亡、廃用についてです。
死廃とは死亡と廃用という意味で、廃用とはNOSAIに加入している牧場で
- 一両日中に死亡すると認定された場合
- 起立不能、骨折、舌断裂など回復不能と認定された場合
など(他にもありますが)肉として屠畜し、一定程度の共済金(死亡保険金の様なもの)をもらえる制度で、NOSAIに加入していない人では馴染みが無いですが、緊急出荷と同じ様なものです。
資料によると2009年肥育肉牛死廃頭数は 41,370頭。その内消化器病が30.3%、呼吸器病が24.3%、循環器病が20.0%で全体の75%を占める。
これを疾病別にみると、肺炎が23.7%、心不全19.3%、鼓張症が10.5%となります。
肺炎、鼓張症が多いのは納得ですね。ただ心不全19.3%は疑問です。
「心不全 死因」で検索すると人医療での心不全は『さまざまな心臓病を患った人が、その後、心臓の機能が低下して、日常生活に支障をきたすような状態になる事を心不全と言う』となっています。
しかし最終的には心臓が停止して亡くなるので、死因が特定出来ない場合に「心不全」が使われてきた経緯があるようです。
寿命を全う出来る「人」では心機能が低下し心不全に陥る事は理解出来ます。牛は長く肥育される黒毛和牛でも30~40か月齢です。心不全が低下して死亡しているとは考えられません。
つまり、肥育牛の20%近くの死亡も多くは原因が特定できないから「心不全」とされている可能性があるという事です。
肝膿瘍の死廃率は?
上で死廃率のトップは消化器病の30.3%であると記しましたが、肝膿瘍は消化器病に入ります。肝膿瘍の他にはルーメンアシドーシス、鼓張症、食滞、第4胃変位などおなじみの病気が入ります。
肝膿瘍の死廃率はどうでしょうか?0.3%です。41,370頭の0.3%は124頭です。
多いと思うでしょうか?少ないと思うでしょうか?
その他の肝臓病、肝炎などを加えた死亡および廃用の頭数は186頭です。
そもそもエコーを使わないで「肝膿瘍」という診断を付ける事自体が難しいので124頭でも多い様に思います。最近では牛の世界でもエコーを使う事が増えた様ですが、使用用途は主に妊娠鑑定などの繁殖部門が多い様です。
ここで疑問です
肥育牧場のみならず育成牧場でも離乳後の群で「前日まで異常が無かった牛が眠るように死んでいる」(突然死)という経験はあるとおもいます。
「眠るように死んでいる」(突然死の)牛の死因が肝膿瘍なら、死亡牛の0.3%が該当する事になります。1,000頭の死亡牛の内3頭が「眠るように死んだ」事になります。もっと多くないですか?
1,000頭も死んだら大変な事ですが。
つまり「前日まで異常が無かった牛が眠るように死んでいたら肝膿瘍だ」というのが間違いなのです。
もう一度心不全を考える
突然死した牛の死因を考える時、何の死亡原因も見られないという事はよくある事です。「なんで死んだの?」と牧場の人に聞かれて、前日まで何の症状も無かったのに「肺炎ですね」とは言えない。
そこで「心不全ですね」という事になるのです。
確かに子牛の聴診をすると心雑音があったり、ドックンドックンのリズムが不整だったり、一部の心音が聞き取れないという牛は居ます。それも珍しいわけでもなく、よく出会います。
それらの牛が成長し、体重が増えた事が原因で心不全を起こし突然死する事はあると思われます。全てを否定する気は毛頭ありませんが、20%近くの牛が心不全で亡くなるというのはやはりあり得ません。
肥育牛の突然死の原因
肥育牛と離乳後の育成牛で突然死が起こる。敷き料の僅かなくぼみにはまって起き上がれず窒息死する事も珍しくはありませんから「窒息死かな?」と考えるけど、牛がもがいた形跡が無い。
20%近くの心不全の中にはクロストリジウム感染症がかなり多く含まれると考えています。
肥育牛(育成牛)におけるクロストリジウム感染症
子牛の下痢でもクロストリジウム感染症は問題になりますが、今回は肥育牛(育成牛)の突然死に関連してのクロストリジウム感染症を考えます。
教科書的には
- クロストリジウム・パーフリンゲンスは主に肥育末期に鼻、口などからの出血や下痢を起こす。
- クロストリジウム・セプティカム、クロストリジウム・パーフリンゲンス、クロストリジウム・ノビィが期間を問わず下痢、発熱、呼吸困難、皮下気腫(皮膚を押すとプチプチした音がする:注 肺炎でも皮下気腫ができる事があります)を起こす
- クロストリジウム・ショウベイが発熱、浮腫(むくみ)、皮下気腫を起こす
となっています。典型的な症状を出したらそうなるという理解の方が良いかもしれません。
上記クロストリジウム感染症の全てに共通する症状は「突然死」です。
そして実際の現場ではほとんど症状を示さず突然死の原因となっています。
クロストリジウムによる突然死の例①
ある牧場での例。離乳後~9か月齢までの牛が入っている牛舎で突然死が多いとの相談を受けました。前日までは何の異常もないのに、朝牛舎へ行くと死んでいる。年間何頭も出るとの事。
「クロストリジウム・パーフリンゲンスという出血性腸炎を起こす菌が原因だと思います。キャトルウィンCL5というクロストリジウム属のワクチンがあるのでワクチンを使っては?」と、しかし
「突然死する牛は下痢もしていないし、まして血便もしてなくて死んでいる」という返事。説明が下手で申し訳ない・・・
「一般的には子牛で出血性腸炎を起こす菌として知られていますが、育成牛や肥育牛では突然死を起こすんです」
その後しばらくはキャトルウィンCL5を使おうという判断は頂けませんでしたが、ある日また突然死が・・・そこで化成処理場で皮下や腸内に出血が無いか?調べて貰ったところ、確かに皮下と腸内で多くの出血が認められたという事がありました。それがクロストリジウムだと培養したわけではありませんが。
その後キャトルウィンCL5を使い半年以上が経過しましたが、その牧場で突然死は出ていません。
クロストリジウムによる突然死の例②
交雑種肥育牧場で出荷近い牛が立て続けに4頭死亡。突然死でした。週末を挟んで翌週も1日1頭、2頭と突然死。5頭目を家畜保健衛生所に剖検依頼。クロストリジウム・ショーベイが検出されました。
キャトルウィンCL5は打っていましたが生後7か月前後で1回のみ。本来キャトルウィンCL5は3週間~1か月の間隔で2回接種する必要があります。
そして厄介な事に2回接種してもその効果が6か月しか持続しません。一番肉が乗る肥育後期には効果が切れてしまうのです。
長くなりましたので続きは次回にしたいと思います。