エンドトキシンの影響

 前回まででエンドトキシンについて

  1. 粗飼料多給牛の第1胃の中、第1胃静脈血液中にもエンドトキシンは存在する。しかし末梢血液中には存在しない。
  2. 濃厚飼料を多給すると第1胃の中、第1胃静脈血液中のエンドトキシンは著増し、末梢血液中でエンドトキシンが検出される。
  3. 肝臓に流入するエンドトキシン濃度が40 pg/mlを超えると、肝臓の解毒の処理限界を超えて溢れたエンドトキシンが末梢血液中にオーバーフローし、エンドトキシン血症状態になる。
  4. 腸管からのエンドトキシン吸収もある
  5. 濃厚飼料多給試験でルーメンパラケラトーシスがあった牛では末梢血液中にエンドトキシンを検出したが、ルーメンパラケラトーシスが無かった牛では末梢血液中にエンドトキシンを検出しなかった。

という試験を紹介し考えてきました。

 エンドトキシンが第1胃、第4胃へ与える影響

更にエンドトキシンが血中に流出した場合、第1胃と第4胃にどのような影響を与えるかについて「牛のエンドトキシン血症における第一胃運動、第四胃運動および肝臓への影響」(産業動物臨床医誌10(1):1-16,2019)で試験されています。

なお、引用文中のLipopolysacchride(LPS)はエンドトキシンと同じ意味です。

LPSを牛の静脈内に投与してLPS血症を実験的に再現し、第一胃運動、第四胃運動、肝臓並びに代謝に与える影響について検討した

その手順は

供試牛3頭の頸静脈内にLPS(E.coli O55:B5,SIGMA東京)5㎍/kgを1回投与した。LPSの静脈内投与後に経時的な採血および生理機能検査を行い、1週間後に病理解剖検査を実施した。採血はLPS投与前(Pre)、投与1,3,6,9時間後および1,2,3,4,5,6,7日後に実施した。

その結果第一胃運動は

第一胃運動は、LPS静脈内投与1時間後にほぼ停止し軽度の誇張症を発症した。投与9時間後から第一胃運動は回復し始め、翌日には収縮運動はほぼ回復した。

第四胃運動は

LPS静脈投与1時間後にはほぼ停止した。投与9時間後には、第四胃の収縮運動はほぼ回復した

とある。驚くべき結果でした。エンドトキシン投与1時間で第1胃と第4胃の運動がほぼ止まる。

育成牛以上では食欲がない、餌を食べないという稟告はよくある事で、当然聴診で第1胃運動が低下あるいはほぼ停止していると判断する状況はよくある事です。ミルクを飲まない牛の第4胃を聴診しても運動が低下しているかは判りませんが…….

第1胃がほぼ停止している場合一番に頭に浮かぶのは第1胃食滞です。その他には伝染性リンパ腫です。昔は牛白血病と言いましたが今は伝染性リンパ腫と言います。伝染性リンパ腫の牛を何頭か診た事がありますが、ルーメンの聴診音はびっくりする程静寂です。何の音もしません。

面白いケースがあります。最初は学生時代でした。我が研究室では牛、羊を飼養していましたが羊のルーメンにフィステルという器具を装着し蓋を開けると直ぐルーメンにアクセス出来る手術をしていました。消化試験などのために。

術後少し化膿するんです。そこにハエが集るんですね。そこに当時助手だった先生(獣医ではない)が殺虫剤をスプレーしていました。その後その羊は全く餌を食べなくなり何が原因だ?と小パニックに…..

「あれ?先生殺虫剤かけてませんでした?」となり、その後羊の食欲は正常になりました。殺虫剤が粘膜から吸収されるとルーメンの運動が停止するとその時知りました。

2度目は何年か前「牛が全く餌を食べない」という事で聴診。全くの無音。「白血病の時みたいだね~」なんて言って、リンパ節を調べても異常が無い。何か変と思いながらグルッと牛を聴診。その時足に傷があるのが見え「怪我したの?」「そうなんです」

その時まですっかり忘れていた学生時代の記憶がフラッシュバックして「もしかして傷口に殺虫剤かけてない?」「はい、ハエが多くて…..」「それが原因だね、殺虫剤止めれば食べるようになるよ」と言うとポカンとしてましたが、その後牛は食べるようになりました。

伝染性リンパ腫は体表リンパ節の腫脹などその他症状を見れば類症鑑別できます。第1胃食滞はどうでしょう?第1胃食滞では体温、呼吸数や心拍数に異常は診られません。エンドトキシンの影響で第1胃運動が停止した場合は、上記試験で

牛へのLPS投与後、全頭で30分以内に呼吸が促迫となり1時間以内には水様性の下痢を生じた。3~7時間後にかけて、牛は座り込み食欲もなかった。9時間後には立ち上がり少し落ち着いた様子を見せた。

とある。エンドトキシンの影響で第1胃運動が停止する場合呼吸数に異常が診られるという事です。

では体温はどうでしょう?「エンドトキシン」を検索すると主に人医療でのエンドトキシンについて、「エンドトキシンは代表的な発熱物質であり、全身性の炎症反応を起こす」とあります。

牛も同じでしょうか?「エンドトキシンと牛の病態 新井鐘蔵 動物衛生検査所 病態研究領域」では

牛では必ずしも直腸温の上昇が認められるわけではない。これに関しては様々な報告がある。たとえば、仔牛に高濃度あるいは低濃度のLPSを投与すると発熱反応は起きず、2㎍/kg投与すると低体温とショックを起こし、0.25㎍/kg投与すると明瞭な発熱反応が観察されないいう報告がある。

また

経時的には、成牛の方が比較的ちゃんと発熱を起こすが、仔牛や育成ではショックをおこすこともよくみられ、発熱を起こさず低体温になるということが実験的にわかった。

とある。牛の場合発熱は判断基準とはならないという事になります

つまり第1胃の運動が停止しているケースでは、それがエンドトキシン血症の1症状かもしれないという事を知っている事が重要で、その際は呼吸数の増加、歩様蹌踉(歩く様がふらふらしている)、起立しない等他の症状があるという事です。

 子牛へのエンドトキシンの影響

では子牛への影響を考えてみます。上記の引用文から子牛への影響は

  • エンドトキシン血症では第4胃の運動がほぼ停止する。
  • 呼吸促迫(呼吸数の増加)が診られる。
  • 必ずしも発熱があるわけではない。
  • ショックや低体温になる事がある。

そうなる原因は育成牛以上では亜急性アシドーシスである事もありますが、哺育牛ではルーメンはほとんど発達していないためアシドーシスは関係ありません。つまり病原性のグラム陰性菌の死滅が原因になります。

上記4つの箇条書きを読んで、ん?となりませんか?

肺炎であれ、下痢であれ治療中の子牛で朝ミルクは飲んだ。治療の為抗生物質を注射した。午後牛舎に行ったら呼吸が速く、起立出来ず、低体温になっている。子牛を飼養している人なら経験があると思います。

そんな場合どの様な処置をするでしょうか?頭に浮かぶのは「薬のアナフィラキシーショック」でしょう。となれば注射するのは副腎皮質ホルモン(デキサメタゾン)かアドレナリン(人薬なので獣医以外は持っていないと思います)です。場合によっては血流を確保するために点滴もするでしょう。

 

上のブログでも紹介しましたが、血中のエンドトキシンを減らすにはウルソデオキシコール酸を注射します。通常のアナフィラキシーショックの処置だけでは血中エンドトキシン濃度は下がりませんので、放置すれば最悪多臓器不全を起こす事もあります。

また先のリンク「エンドトキシンと牛の病態」ではウルソデオキシコール酸を静脈注射した場合と経口投与した場合の違いについて

UDCA頸静脈投与群では3時間目以降末梢血液中にLPSが検出されなくなった。一方、ウルソは経口投与しても速やかに腸管に吸収されるが、経口投与した牛ではLPSは末梢血液中に残っており、特に改善は見られなかった。

とある。つまりウルソデオキシコール酸は静脈注射する必要があるという事になります。

おかしいな~朝注射した時は元気だったのに…..急に低体温になって起立も出来ない。比較的多いケースです。ウルソの注射は常備しておいた方が良いかも知れません。ミルク飲まない場合にも使いますし……..

 

 

 

 

 

ウルソデオキシコール酸について

 そもそもウルソってなんだっけ?

先回エンドトキシンの話で血中のエンドトキシン濃度を低下させるのにウルソデオキシコール酸が効果があったという宮城県農業共済組合連合会の「エンドトキシン血症とその治療法」(東北家畜臨床研究会報NO.8 64~69) という論文について紹介しました。

使用するタイミングについては考えるところはありますが、私には新しいアプローチでした。不勉強のせいで長いこと「強肝剤」だと思っていましたが、ある時添付文書を見る機会があり(普通は最初によく読みますよね…..(^^;) )あれ?と。

牛に使うウルソデオキシコール酸は静注用と経口投与用があり、また豚用に筋注用の注射液もあります。昔は肥育牛で中期の食い止まりや代謝性腸炎などの時によく静注用を使っていました。経口用はあまり使っていませんでした。

 静注用と経口用では使用するケースが違うのか?

静注用ウルソの添付文書には①利胆作用(胆汁酸のうっ滞を改善)②肝血流量の増加③脂肪吸収促進、その他ちょっと難しそうな作用が2,3あって、膵液分泌促進作用となっています。

経口用ウルソの添付文書にはその他に胃液分泌促進作用が加わっています。①②その他ちょっと難しそうな作用は確かに強肝剤だと言えます。③の脂肪吸収促進作用と膵液分泌促進作用、胃液分泌促進作用って消化を助ける作用ですよね。昔子牛の下痢でエンドコールやウルソV(豚用の筋注できるウルソ)をよく使いましたが正直ウルソの効果は疑問でした。

 ウルソ注射とウルソ粉の違い

ウルソVは体重1kgにウルソデオキシコール酸として1mg(あくまで豚の場合)なので体重50kgの子牛には50mg(製剤として5ml)、一方ウルソ5%散は1頭100~150mg(製剤として2~3g)。投与量の問題でした。足りなかったんですね(^^;)。

牛用の静注用ウルソを使えば良かったのですが、注射器に吸う時にとても泡立つのとブドウ糖以外とは混注できないなど多少使いづらい事もあって避けてました。

 子牛がミルクを飲まないと起きる事

子牛がミルク飲まないというケースは多々ありその影響は色々な事に及びますが、今回はウルソデオキシコール酸の話なのでウルソデオキシコール酸(胆汁酸)への影響を考えてみます。

子牛がミルクを飲むと血中コレステロールが上昇してコレステロールは肝臓で色々な物に合成される原料となります。その一つが胆汁酸(ウルソデオキシコール酸)です。さて胆汁酸の作用には脂肪吸収促進作用や膵液分泌促進作用、胃液分泌促進作用があると先に記しました。

下痢であれ肺炎であれ何らかの原因でミルクが飲めない子牛は肝臓での胆汁酸の合成が低下します。つまりミルクの消化や脂肪吸収能力が低下します。そうすると朝飲んだミルクを消化できずに夕方のミルクは飲めない。夕方飲めないので胆汁酸の合成が低下するけど、朝はお腹が空いているので飲む。でも夕方は消化できないので飲めない、という悪循環に陥ります。

他の原因もありますが朝は飲むけど夕方のミルクは飲まないというケースではこのケースが多い様に思います。朝ミルクを飲んだ後ウルソを与え夕方は飲んでも飲まなくてもウルソを飲ませる。何日か継続するとミルクを飲まなくても消化能力の低下は避けられ、夕方のミルクも飲めるようになり、肝臓での胆汁酸の合成が正常化して悪循環から抜けられるのです。もちろん大元の下痢や肺炎などの治療は必須ですが…..

 ただし悩ましい問題もあるので注意が必要

大変な酒飲みなのですが一度夏バテして以来、いつもの量を飲んでも翌日お酒が残る日々が続いた事がありました。車には牛用のウルソがあったのでよしって事で飲んでみました。ティースプーン1杯を毎夕に。さすが強肝剤、二日酔いはほぼ無くなりこれは良いと続けていました。

が、下痢に悩まされる様になったのです。元々お腹が緩い方ですがあまりにも酷いのでもしかしてと思い調べてみるとなんと人で「胆汁性下痢」なるものがあると知りました。胆汁酸の他の作用に大腸の蠕動(動き)を促進するというものがあったのです。

牛では聞いたことがありませんし、添付文書には牛用ウルソ(豚も)に下痢を引き起こす可能性についての記述はありません。今のところ牛でウルソを与えた事で下痢が悪化したという経験はありませんが、人で起こりうる事は牛でも当然起こり得ます。

上記のミルクを飲めない牛の場合、朝夕ウルソを飲ませて順調に飲むようになってから2~3日でウルソの投与は止めてもらう様にしています。なんでもやり過ぎは良くないですね。