鼓張症について考えてみましょう
鼓張症といっても様々
牛の鼓張症は急性鼓張症であっても、慢性鼓張症であっても牧場に与える損害はとても大きいものです。少しでも減らす事が出来れば商品化率(育成牧場なら正常に素牛出荷、肥育牧場なら途中出荷されない)が上がり、収益も上がります。
哺乳中の子牛でみられる鼓張症
北海道の様に濡れ子(生後1週間~2週間の子牛)を買って、素牛まで育て販売するという育成牧場がそれ程多くない地域や母牛に子牛をつけて哺乳させている場合はあまり見る機会がないかもしれません。
私自身もNOSAI診療所時代や黒毛和牛繁殖牧場に勤務していた時には経験した覚えが無いと思います。
哺乳期の鼓張症はルーメンドリンカー(ルーメン:牛の第1胃 で飲む牛という意味です)という病気です。
本来子牛のミルクを消化するのは4つある牛の胃袋の内4番目の第4胃です。4つの胃の繋がりは口から食道、第1胃、第2胃、第3胃そして第4胃、その後小腸へと順に繋がっています。
普通に考えれば子牛が飲んだミルクは食道から第1胃に入って順に移動して第4胃に入ると思うでしょう。しかしミルクは第1胃には入りません。
子牛がミルクを飲むと第2胃が筒状に変形し食道から来るミルクをそのまま第3胃にバイパスさせるのです。この第2胃の動きを第2胃溝反射といいます。
子牛の中には生まれながら第2胃溝反射が十分でない牛がいます。また今までルーメンドリンカーでは無かった牛が急にルーメンドリンカーになる事もあります。今まで見たルーメンドリンカーは後者が圧倒的に多かったです。
後天的にルーメンドリンカーになる理由は定かでは無く、その様な文献も見つかりませんでした。但し後天的になる牛は治療中(肺炎)もしくは治療後の牛に多い様な気がして胸膜の癒着などが原因になっているのかも?と考えています。
長くなりましたが、ルーメンドリンカー(ミルクが第1胃に入る事で起きる鼓張症)は本来第1胃へ入らないミルクが第1胃に落ち異常発酵している状態です。
ルーメンドリンカーへの対応
- バケツ哺乳している場合は哺乳瓶に変更してみる。本来子牛がミルクを飲む姿勢は斜め上に口を突き上げる姿勢が自然なので本来の姿勢で飲ませる。
- 哺乳瓶で哺乳している場合は乳首を新しものに変更する。一度に飲み込むミルクの量を減らして、少しでも第1胃に落ちるミルクを減らす。
- マミーズマンマプラスを下の写真のように乳首に被せる事で一度に飲み込むミルクの量を減らせます。哺乳瓶でも哺乳バケツでも使用可能です。本来子牛の誤嚥を低減させる為に開発された様です。ミルクをの飲むと直ぐ咳き込んで、ミルクを飲むのを休んでしまう牛が居ます。そんな時にも使います。とても良い商品です。詳しくは販売元ホームページから確認して下さい(販売元:合同会社日本IMI)https://japan-imi-llc.com/mommysmanmaplus/
- ミルクを飲ませた後、健胃剤(トルラミンやボバクチン)を別途飲ませて異常発酵を抑える。
- 離乳までまだまだの子牛で、上記で全く効果が無い場合にはスーターターの上に直接ミルクの粉をかけて食べさせる事もあります。
- 離乳時期より早く、スーターターの食下量が足りていない場合でも離乳する事もあります。離乳後の増体は悪くなりますが何度も鼓張症を繰り返す事で第1胃弛緩症(前胃アトニー、ルーメンアトニーともいい第1胃の筋肉が弛緩してしまう病気)となり早期離乳より増体に悪い影響があると判断した場合です。
離乳期から育成期の鼓張症
左の写真は配合飼料を食べると鼓張症を発症しホースでガスを抜きという状況が1か月程続いた牛です。慢性鼓張症になり、痩せてしまっています。
3か月齢くらいの牛です。そもそもこの月齢では配合飼料を食べすぎて鼓張症になる、という程の量は食べません。
牛が鼓張症になる場合(一番最初に鼓張症を発症した時は全てが急性鼓張症です。その後経過が長くなり慢性鼓張症となります)
- 食べた配合飼料が第1胃で発酵して出たガス(プロピオン酸、酢酸、酪酸)を吸収する能力が低下しているケース
- 第1胃以降肛門までの間で食べて発酵した粗飼料や配合飼料が通過しにくい状態(通過障害)でおならが出にくいケース
- 何らかの理由で曖気(ゲップ)が出ない(出にくい)ケースがあります。
①のガスを吸収する能力が低下している場合は子牛から育成期と肥育期で分けて考える必要があります。
上の写真の真ん中あたりと下の写真の右の方につぶつぶした毛の様なものがあります。
これは肥育牛の第1胃の内側です。
毛の様なものは第1胃の絨毛(じゅうもう)といいます。第1胃で発酵したガスはこの絨毛から吸収され栄養となります(それ以外の仕組みでも栄養を吸収しますがそれはいずれ)
生まれて間もない子牛の第1胃は未発達で絨毛はありません。下の写真の左側の様に。
子牛の絨毛を成長させるのに大事なのはスターターです。スターターの食い込みが少ないと絨毛は発達しません。
最近は分かりませんが私が配合飼料会社にいた頃は「スターターは700g食べたら離乳して良い」というのが一般的でした。単純には言えませんが、スターター700gを食べて離乳する牛と1500g食べて離乳する牛とは絨毛の発達が2倍違うとも考えられます。
3か月齢くらいで配合飼料の食下量が増えてくると絨毛が発達していない牛はガスを吸収しきれなくて鼓張症になるのです。
確かにスターターは育成飼料より高価です。しかしここで失敗すると1頭牛をダメにしてしまう事になります。
肥育牛での鼓張症
肥育牛でも先の1~3の原因で鼓張症になります。但し1のケースはスターターの食い込み不足が原因ではなく、
- 粗飼料の給与量が少なく、ルーメンマットが形成されない(第1胃の中の水分に粗飼料が浮いて粗飼料の層が出来ます。その上に配合飼料が乗る事で配合飼料は徐々に発酵します)事で急激にガスが発生する。
- 粗飼料より配合飼料を先に給与すると上記と同じ理由で急激にガスが発生する。
- 和牛や交雑種では肥育中期でビタミンAを制限します。後述しますがビタミンAは粘膜の正常性を維持するのに必要です。絨毛も粘膜です。絨毛が正常でなくなりガスを吸収できなくなるのです。
などのケースです。昔ですが伺った肥育牧場で「配合を食い込ませるために粗飼料は800gしか与えない」という方がいました。粗飼料が少ないと鼓張症にならずとも反芻が少なくなり唾液が減り(唾液はアルカリ性)アシドーシスになり、ルーメンパラケラトーシス(第1胃角化不全症)になり、肝臓を傷めて廃棄が増え、蹄葉炎(つっぱり病)が増える事になり、増体が悪くなります。
鼓張症への対応
鼓張症の牛を見つけたらまずガスを抜く事が第一です。但しちょっと膨らんでいて、それ以上膨らまないそして牛が苦しそうにしていない場合はあわててホースを入れなくて大丈夫です。反対にホースで食道を傷つけるリスクもありますから。
泡沫性の鼓張症の場合泡立っているのでホースでは抜けない事もよくあります。ガストリンやガスナインなどの消泡剤を飲ませます。若い頃にサラダ油と酢を混ぜて飲ませる方法もあると聞いた事があります(やった事はありません)が、調べると~油が良いという情報がいろいろある様です。
緊急の場合には静脈注射用の針を刺してガスを抜きます。何本か刺しても大丈夫です。
そしてよく見るのはガスを抜いて終わりという牧場です。ここでトルラミンやボバクチンを飲ませておくと再発をかなり減らす事が出来ます。
育成牛でも肥育牛でもビタミンAと亜鉛を与えます。ビタミンAと亜鉛は上皮、粘膜の正常性の維持に必要です。特に頭頂から首にフケが浮いている牛には。フケが浮くという事は上皮が正常では無いという事で、第1胃の絨毛も正常では無い可能性があるからです。
2のケースでは状況に応じて腸の蠕動を促す薬を使ったり下剤を使ったりします。
3のケースでは左のルーメンファイブを飲ませます。ある程度の大きさの牛でないと食道で詰まりますので育成牛では注意が必要です。
直径3cmくらいでしょうか。第1胃で外側のピンクの包装が溶けて丸いタワシの様になります。このタワシが食道出口や第1胃入口を刺激してゲップを出させるというものです。肥育牛ならあ3本くらい。タワシは出荷まで取り出しません。
ルーメンファイブには肉牛用と搾乳牛用がある様です。おそらく肥育牛は生後30か月齢までには出荷されてしまうから耐久性が違うという事なのかと思います。
ルーメンファイブの詳細は名和産業株式会社HPからhttp://www.meiwa-sangyo.co.jp/products.html