破傷風の開帳姿勢と筋肉振戦(動画)

破傷風という病気

またクロストリジウムの話になってしまいますが、ここ何年かクロストリジウムが原因の病気がとても増えている様な気がして・・・実際に現場で遭遇する事も増えました。

さて、破傷風はクロストリジウム・テタニーというクロストリジウム属の菌が原因です。テタニーとは痙攣という意味です。

牛の破傷風の症状と言えば口を食いしばる様な「牙関緊急(がかんきんきゅう)」と呼ばれる症状と、四肢を硬直伸長して首も後ろにグーと反ってしまう「後弓反張(ごきゅうはんちょう)」が特徴的です。

四肢は曲げようとしても曲がりませんし、首を戻しても直ぐ反ってしまいます。

ほとんどの場合発見した時にはこの状態になっていて、慌ててペニシリンやアンピシリンを頻回投与しても残念ながら助けられない事が多いです。

この状態でも1週間~10日生きている事もあり、牧場の人が見かねて安楽死してくれとなるのです。

 

破傷風の症状(教科書的には)

「牛の臨床」によると

潜伏期は1~3週間で、まれにさらに長期間を要する事もある。初期症状としては、騒音や光に対する反応の亢進がみられ、不安そうにしたり、興奮しやすくなったりする

と初期症状についてありますが、この時点で発見する事はほぼ無いでしょう。その後症状が進むと

四肢、頚部、尾部の筋肉が硬直し、その結果、歩く事を嫌がったり、尾の挙上がみられたりする。静止しているときに開帳姿勢(いわゆる「木挽台」あるいは「木馬」様姿勢を取ることもあり、さらに耳翼開帳、鼻翼開帳、瞬膜露出、牙閑緊急、流涎などがみられる。

とあります。

上の動画は典型的な開帳姿勢と筋肉振戦、流涎が見られた牛です。

とは言っても遭遇したのは初めてでした。何十頭も破傷風の牛は見ましたがいきなり「後弓反張」の牛ばかりでした。

この牛のその後

最近破傷風が多く、自宅に破傷風血清を4本(50mlを4本)持っていたのですが、何日か前に別の牧場で3本使ってしまい1本しかありませんでした。

破傷風血清は早期に100~200mlを注射するものなのですが、50mlしか無かったんです。

とりあえず50mlを静脈注射し、静脈注射できるペニシリン(結晶ペニシリン)を5日間朝、夕2回打ってもらいました。

なんと助かりました。目をひんむいてる様子は変わりませんが、開帳姿勢と筋肉振戦は無くなり食欲も正常です。

破傷風血清の課題

動画の牧場では血清を注射した前後にも破傷風が発生しました。血清を取り寄せるのに何日か要した為、前後の牛はペニシリンだけの対応で、結果助かりませんでした。

血清を投与するまでの時間との勝負だと思います。但し血清は1本約2万円しますので、発生するか判らないのに、牧場で常備してもらう事は出来ません。

そこで発生の比較的多い(年間何頭か出る)牧場にはそれぞれ2本冷蔵庫で保存してもらい、使用した後請求する事としました。使用せず使用期限が切れたら新しい血清と交換するという事で。使用期限が切れた血清は廃棄するので私の負担となるのですがそれは致し方ないと思いました。

獣医師としては発生するか判らないのに常備出来るか?そして発生後いかに早く投与出来るか?が課題になると思います。

畜産現場で気をつけるべき 人の病気③ サルモネラ、パスツレラなど

 サルモネラも人畜共通感染症です

  サルモネラ菌とは

我々牛に携わる人にとってサルモネラ菌はサルモネラ・ダブリン、サルモネラ・ティフィミリウム、サルモネラ・エンテリティディス、サルモネラ・コレラエスイスの4種がとても重要ですが、そもそもサルモネラ菌ってどれくらいの種類があるのだろうか?と調べてみるとなんと2,500種類もあるそうです。

そしてその中でサルモネラ症の原因菌は1,400種もある様です。日本国内で全国レベルで発生した食品に由来したサルモネラ症として1980年代後半から急激に増加した鶏由来のサルモネラ・エンティリティディスによる食中毒の事例があるようです。

鶏のサルモネラについては生卵でサルモネラ症の危険がある程度の認識しかありませんでした。まさか牛で問題となるサルモネラ・エンティリティディスと同じ血清型であるとは不勉強にもほどがありますね

一般的にはサルモネラ症は動物に由来(卵、肉など)しますが、畜産現場では直接経口的に、あるいは手についたサルモネラ菌をよく洗わないで食事するなどにより感染します。

症状は下痢、嘔吐、腹痛、悪寒、発熱、頭痛などです。特に腹痛については立っていられない程度と表現されます。

ある時子牛のサルモネラ症が発生していた牧場の子牛担当者が腹痛と酷い下痢で休んでいました。「あれっ?今日休み?」と聞いたらそんな事で「牛のサルモネラに感染した可能性があるからすぐ電話して、お医者さんに牧場で働いている事と、今担当牛舎でサルモネラが発生している事を言う様に伝えて!」と小パニックになった事がありました。幸い陰性でしたが….

  大腸菌症

大腸菌は人や動物の腸内に普通に存在しています。大腸菌はいわゆる「ばい菌」であるとは知っているけど破傷風やクリプトスポリジウム、サルモネラと同じ人畜共通感染症として大事なの?という疑問はあるでしょう。

 

腸管出血性大腸菌というものがあります。wikipediaから引用します

腸管出血性大腸菌とはベロ毒素、または志賀毒素と呼ばれている毒素を産生することで病原性をもった大腸菌である「病原性大腸菌」の一種である。このためベロ毒素産生性大腸菌、志賀毒素産生性大腸菌とも呼ばれる。この菌の代表的な血清型別には、O157が存在する。

O157を知らない方は居ないでしょう。1990年埼玉県浦和市の幼稚園で井戸水が原因の食中毒が発生しました(園児2人が死亡)、また1996年大阪府堺市で小学校の学校給食で出された食品がO157に汚染されており9000人を超える集団感染が発生(小学生4人が死亡)しました。

ユッケや生レバーが食べられなくなった原因ですね。

一般的には汚染された食品を食べる事で感染しますが、サルモネラ同様畜産現場では直接傾向的に摂取してしまうリスクがあります。

人が大腸菌症を発症するのに必要な菌数はわずか50個程度です。非常に酸に強く胃酸で失活すること無く腸まで到達します。

    人での大腸菌症の症状

恐ろしい病気であるのは確かですが場合によっては無症状や軽い下痢で済む事もあります。但し酷い場合激しい腹痛、頻回の水様便、激しい下血が見られる事があり、亡くなる場合もあります。

感染者の約半数は3~8日の潜伏期間の後、激しい腹痛と頻回の下痢の症状が出ます。その翌日には血便が見られますが当初は血の量はわずかです。その後次第に出血量が増え、典型的な症状で血液がそのまま出ている様な状況になる。サルモネラに比べると嘔吐は少ない様です。

畜産現場では下痢という病気があまりにも当たり前で我々も慣れてしまっていますが、とにかく畜産現場で働く全ての人は下痢に対して非常に注意が必要です。

  牛皮膚糸状菌症

牛に携わる人で見た事無い人はまず居ないであろう病気。ここ十勝地方では「ガンベ」とか「トクフク」と呼ばれています。

原因はTorichophyton verrucosum(トリコフィトン ベルコーサム)という真菌(カビ)です。子牛から育成牛で見られ主に頭から首、目の周りなどに出来ます。皮膚が円形に禿げ痒みを伴います。

抵抗力の弱い牛で出ると言われていますが、1度感染して治れば2度は罹りません。

牛における皮膚糸状菌症の詳細については別の機会にするとして今回は人畜共通感染症としての皮膚糸状菌症について書いていきます。

人の水虫やタムシと同じ原因で、人に感染してパッと見るとタムシそのものです。非常に痒いです。人によってはタムシの様な病巣でなくかなり腫れ上がる人もいます。

牛の現場で働く人でやたら痒いという人は直ぐに皮膚科に行きましょう。放っておいて治るものではありません

この写真はなんと恥ずかしながら私です。この地域の皮膚科では珍しく無いのか「猫か牛飼ってますか?」と直ぐ聞かれました。お?猫が最初に来るか~と思った記憶があります。

検査がとても痛い。患部をヘラの様なものでガリガリ血が出るくらい削って顕微鏡で見る様です。「当たりでしたね」との事

抗真菌薬の飲み薬と塗り薬を処方され、最終的に治るまで1ヶ月かかりました。私は直径3~5cmくらいでしたが、もっとずっと大きくなる人も居るようです。

  パスツレラ症

牛に携わる人なら一度は聞いた事があるパスツレラ症。実は人畜共通感染症なんです。

私が学生だった頃パスツレラ症が人畜共通感染症だと習った記憶が無いような?と思ってちょっと調べてみると気になる記述を見つけました。

人のパスツレラ症は症例が多くない病ですが、近年は増加傾向にあるそうです。色々な要因があるのですが実は検査技術が向上したことで、今までペット等から感染する「原因不明の病気」がパスツレラ症だ、と判った事も一つの要因であるそうです。

そう言えば人畜共通感染症に「猫ひっかき病」というものがあった様な気がする。

   一般的なパスツレラ症の感染源

猫のほぼ100%近く、犬の75%近くが保菌しているとの事。しかし犬、猫がパスツレラ症を発症することはほとんど無い。犬や猫に噛まれたり引っ掻かれる事で感染します。発症すると数時間で患部が赤く腫れ上がり痛みや発熱があります。リンパ節が腫れたり蜂窩織炎(ほうかしきえん)を起こしたりします。

この蜂窩織炎、牛でもよくありフレグモーネと呼ばれる事もあります。非常に治りにくい厄介な病気です。皮膚とその下の皮膚脂肪の間に細菌感染して皮下で広がっていく炎症です。

この場合の蜂窩織炎はパスツレラ・マルトシーダという菌による感染です。

以前はパスツレラ症は蜂窩織炎や皮膚化膿症として認識されていた様ですが、近年は呼吸器疾患、骨髄炎、髄膜炎、敗血症など重篤な症状に進行する可能性があると言われる様になりました。

私の不勉強のせいではあるのですが、私たち世代ではパスツレラ症が人畜共通感染症である事を知らない人も多いのではないかと思います。

   牛におけるパスツレラ症

色々調べてみると牛におけるパスツレラ症は敗血症を引き起こすという紹介が多いようです。我々とは少し認識が違うような….

牛ではごくごく当たり前の「肺炎の原因菌」です。もちろん他の細菌やウィルスと混合感染すれば重篤な症状になる事もありますが、パスツレラより厄介な細菌もあるので一級の警戒をするというほどの細菌ではないのです。

 

 

 

 

畜産現場で気をつけるべき 人の病気②クリプトスポリジウム症

人畜共通感染症の続き

  クリプトスポリジウム症

牛の世界に居ないとなかなか聞く機会の無い「クリプトスポリジウム症」という病気。実は人の感染は1976年に初めて報告され、それまでは牛や豚、犬、猫の病気でした。

日本で人が感染したという報告はなんと1994年でした。26年前です。26年前は石垣島の牧場で働いていまして、東京のなんとか大学の先生が牛のクリプトスポリジウムの保有状況を知りたいと調査に来た事がありました。

23年~25年前くらいだったと思います。日本での初感染報告を受けての調査だったのかと腑に落ちました。

ふと、当時から牛のクリプトスポリジウム症って今の様に問題になってたっけ?とおもいました。NOSAI診療所に居た時「子牛のクリプトスポリジウム症」なんて知らなかったような……ただの不勉強って可能性も大ですが。

   畜産現場でのクリプトスポリジウム感染症

子牛ではせいぜい生後1ヶ月齢くらいまでしか問題にならないクリプトスポリジウム症ですが、人では年齢はあまり関係ありません。

感染した動物(ここでは牛)は糞1g中に数百万のオーシスト(卵だと思って良いです)を排出しなんとオーシスト1個~数個で感染が成立し発症します。

畜産現場で感染するリスクが高まるのは主に子牛の管理に携わる人です。初めて畜産現場(子牛の居る)で働く人は何日かで激しい下痢を経験します。その他の症状は腹痛、嘔吐、脱水、軽度の発熱があります。およそ1週間程度続きます。

ほとんどの人は自然に回復するので心配は要りませんが、下痢の症状が無くなっても2~3週間は便にオーシストを排出し続けます。同居家族に赤ちゃんや抵抗力の弱い高齢者が居る場合は注意が必要です。

家庭内での感染を防ぐのは重要ですが、一般的な除菌剤、消毒薬などは効果がありません。塩素系消毒薬も全く効果がないのです。

70℃2分間加熱、乾燥しかありません。現実的な対応は手をよく流水で洗う事くらいです。

  子牛でのクリプトスポリジウム症を見てみましょう

   クリプトスポリジウム症の原因

牛が下痢をする場合消化不良を除き次の病原体が関与しています。

  • 細菌
  • ウィルス
  • 原虫
  • 寄生虫

上記の内一つの病原体が原因で下痢をしている場合もありますが、多くは複数の病原体が関与していると考える方が良いでしょう。

クロストリジウムはこの中の原虫です。同じく下痢の原因となるコクシジウムも原虫です。クロストリジウムの卵(オーシストといいます)を経口的に摂取する事で感染します。

いつの頃からか「全ての子牛の下痢にクロストリジウムが関与している」と言われる様になりました。

細菌性の下痢であっても例えば「細菌」と「クリプトスポリジウム」、ウィルス性の下痢であっても例えば「ウィルス」と「クリプトスポリジウム」と「細菌」が関与している、という意味です。

特にクリプトスポリジウム症は生後間もない子牛から1ヶ月齢くらいの牛で問題になります。抵抗力の弱い子牛で色んな病原体が混合感染して下痢を起こしているという事なのでしょう。

実際に糞便を検査するとクロストリジウムが検出されない場合もありますが、それ程子牛の下痢にクロストリジウムが関与しているケースが多いと認識するのが良いと思います。

   クリプトスポリジウム症の症状(牛)

下痢と脱水が主症状です。下痢便を見てロタウイルスやコロナウィルスでの下痢と区別する事は困難です。

クリプトスポリジウム症の下痢は黄色い水様便とよく言われます。卵スープの様な下痢という表現もされます。その牛の下痢の主要な原因がクロストリジウムの場合はそうなのかも知れません。実際に黄色い水様便の場合もあります。

ただし上記の様に混合感染している場合はそうでは無い場合もあるのです。白っぽい場合もあり、水様便でなくブニュブニュ(ケーキに絞る生クリームをもう少し水っぽくした感じ)の便の場合もあります

子牛の下痢便をこの色なら原因はこれ、こういう匂いなら原因はこれという資料をたまに拝見しますが、参考程度にご覧になった方が良いと思います。正にこれ!だと当てはまる下痢の方が少ないと思っています。

   予防と治療

現状ワクチンなどの予防法はありません。また、細菌ならその細菌に効果がある抗生物質がありますが、クロストリジウムに効果のある薬もありません。

実際の現場ではネッカリッチという炭の粉を経口的に飲ませ、炭の多孔性(いっぱい穴が開いている)を利用して吸着して体外に排出するという治療をします。同時に整腸剤も投与します。あと卵黄抗体製剤も使います。

予防に関して「卵黄抗体(IgY)製剤の投与がクロストリジウム感染子牛のオーシスト排出量と血清および糞便中IgY濃度に及ぼす影響」(産業動物臨床医誌10(2):68-72、2019)によると

クロストリジウム感染症は生後1ヶ月以内の子牛に水様性下痢を引き起こす。クリプトスポリジウム症に有効な治療薬は存在しないが、子牛の下痢症に対する卵黄抗体(IgY)製剤が市販されており、これに抗クリプトスポリジウムIgYが含まれる。そこで本研究では、クリプトスポリジウム症に対する本製剤の効果を血清中および糞便中IgY動態から検討した。

その方法は

1酪農場の子牛12頭を対照群(通常哺乳)、初乳投与群(初乳に製剤60gを混合して投与)、2週投与群(初乳に60g、生後2週間まで生乳に製剤10g/日を混合して投与)の3群に分けて供試牛とした。試験期間は生後21日目までとし、血液および糞便を採取した。

そして結果は

全ての供試牛がCryptospotridium parvumに感染し、水様性下痢を発症した。糞便1gあたりの平均オーシスト数は2週投与群が、初乳投与群および対照群より有意に少なかった(p<0.05)。また、血清および糞便中の総IgY濃度および抗クロストリジウムIgY濃度は、初乳投与群および2週投与群ともに高値を示し、糞便中の総IgY濃度は生後5~14日目までは2週投与群で初乳投与群よりも有意に高かった(p<0.05)。糞便中の抗クロストリジウムIgY濃度は生後5および7日目に2週投与群で初乳投与群よりも有意に高かった(p<0.05)。本製剤の2週間の継続的な経口投与はクロストリジウム感染子牛のオーシスト排出量を減少させたことから、抗クロストリジウムIgYはクリプトスポリジウム症予防に有用である可能性が示唆された。

とある。

    卵黄抗体製剤とは

私が知る範囲では2社から抗クリプトスポリジウム抗体を含む製剤が発売されています。クロストリジウムの他にサルモネラ、クロストリジウム、コロナウィルス、ロタウイルスの抗体も入っています(少なくとも1社の製剤は)。

私の行っている牧場では通常の治療をしてもなかなか止まらない下痢の時に治療として使っています。

和牛繁殖牧場などで生後1ヶ月以内の子牛下痢に悩んでいる様な場合、予防として使用するのも一つの手だと思います。1頭の子牛が亡くなるのを考えればその手間もお金も無駄にはなりません。

 

 

 

 

 

 

 

畜産現場で気をつけるべき 人の病気 破傷風

人畜共通感染症を知っていますか?

 人畜共通感染症とは

人も動物も感染する感染症の事でズーノーシスとも言われています。

一番分かりやすいのは狂犬病でしょうか?狂犬病ウィルスを保有する犬、猫その他動物に噛まれたり引っ掻かれたりする事で人も発症します。

発症までは数日~数ヶ月で最初は頭痛、発熱、筋肉痛、悪寒などの一般的な症状が出ます。1週間ほどで意識障害、幻覚、錯乱、恐水症(水が恐くなる)など特徴的な症状が出て死亡します。

日本では1957年に撲滅された様ですが、海外では未だ発生していて旅行中は注意が必要です。

 畜産現場で注意が必要なズーノーシスは?

  • 破傷風
  • クリプトスポリジウム症
  • サルモネラ症
  • 大腸菌症
  • 皮膚糸状菌症

それぞれ特徴や注意点などを説明します。

 破傷風

個人的には一番気をつけるべき病気だと思います。原因はクロストリジウム・テタニーという細菌です。感染経路は傷口からです。創傷感染と言います。

飛沫感染や接触感染などと比べるとマイナーな感染経路ですが厄介なのは非常に小さい傷口からでも感染するという事です。

傷口からの感染なので牛から牛、牛から人へ感染する病気ではありません。

  牛の破傷風の症状

潜伏期間は1~3週間と言われています。発症はいきなりです。

急に横臥して「牙関緊急(がかんきんきゅう)」といって歯を食いしばるようになり口が開きません。同時に「後弓反張(ごきゅうはんちょう)」といって特に首が後ろに反り返る様な姿勢を呈します。

あと音などの刺激に非常に過敏になるという症状も教科書にはありますが、私はあまり経験がありません。

最も特徴的なのは後弓反張で牛を座らせようとしても直ぐにバタンと倒れて首が後ろ、顎を上げる様な姿勢になってしまいます。

昔の教科書には大量のペニシリンを投与するとありましたが、最終的に回復した牛は見た事がありません。全身の筋肉が硬直し最終的には心臓の筋肉が硬直して、あるいは呼吸が出来なくなり死亡します。

馬用の破傷風血清がありますが、常備するほど頻繁に出る病気では無いですし……

今まで見た中で発症から死亡まで一番長かったのは10日くらいの牛でした。

  牛の破傷風 意外な感染経路

先に牛から牛への感染は無いと書きましたが、時々同じ牧場内で数日の間に何頭も破傷風を発症するケースがあります。不思議ですよね?

2つの要因が関係しています。一つは非常に小さい傷口からでも感染するという特徴、もう一つはクロストリジウムが土壌菌であるという事です。

足の創傷からの感染であるという記述を見た事がありますが、実は以下の様なケースが多いのでは?と考えています。

口から肛門までの間に傷があれば容易に感染するのです。そしてクロストリジウムは土壌菌といって土の中で生息する菌であり、例えば牧草を土の上に置く、牧草ロールを土の上に置く、あるいはロールが破れるなどのシチュエーションでクロストリジウムは牧草にくっつきます。

それは自分の牧場でなくても外国の圃場や購入牧草の生産過程でも起こり得ます。更に厄介な事にクロストリジウムは芽胞菌であるという事です。

芽胞菌は周りの環境が悪くなると芽胞という殻を作ります。100℃の熱にも耐えられ乾燥にも強いのです。いくら時間が経過しても死なず環境が良くなるのをジッと待っています。

その牧草を牛に与えると(クロストリジウムにとっては良い環境になります)、潜伏期間の差で牛から牛へ感染している様に何頭もの牛が破傷風を発症するのです。

  発生には地域差がある?

私は北海道十勝地方を中心に働いているのでそれ以外の地域や県での発生状況は分かりません。

ただ十勝地方の中でも町によって発生の多い町が確かにある様に思います。あるいは牧場によってと言っても良いかもしれません。

逆に一度クロストリジウムによって場内が汚染されると土壌菌、芽胞菌という特性上撲滅は出来ないという事なのかも知れません。

  人の破傷風の症状

  • 痛みを伴う筋肉の痙攣やこり
  • 口が開きにくい
  • 痙攣
  • 大きな音や光によって誘発される数分間継続する痛みを伴う体の痙攣 など

今でも日本で年間100人が感染し5~10人が死亡(死亡率5~10%)している様です。

  実は破傷風になった事があります

大学時代に牛の牧草を収穫していた時、牧草用のでっかいホークを振って歩いていました。ホークの先がコツンと長靴にぶつかったんです。よく見ると長靴に一つ穴が開いていました。

足に刺さった訳では無かったのでさほど気にもしていませんでした。部屋に帰って靴下を脱ぐと足の皮が少しだけ剥けていました。それからどれくらい時間が経ったか忘れてしまいましたが、1週間とか3週間とかではなく翌日か翌々日かだったと思います。

ホークが刺さった足の甲から痺れが出始めて次第にふくらはぎ、膝へと痺れが広がってきました。破傷風の事は知っていましたので「やばい!!!」と思い急いで大きな病院に行き、経緯を説明したところ破傷風の血清を打ちましょうと血清を打って頂きました。

症状は直ぐに消えました。2度目の血清(何度も打つ物ではないんでしょうが…..)はスタンチョンに入っている牛が頭を餌槽に突っ込んで居たので耳標番号を確認しようとしたところ、牛が驚いて顔を上げ彼(彼女?)の額が私の顎下に直撃、自分の上の歯で下唇を噛んでしまい大出血。念のためという事で血清を打って頂きました。

  少しでも疑いがあれば直ぐ病院へ

自分で気づけない程小さい傷口からでも感染します。

畜産の現場で仕事する人達はその他の人よりリスクは高くなります。大きな病院には破傷風の血清が置いてあります。

2度目の血清は石垣島に住んでいる時でした。島で一番大きな八重山病院でした(お世話になりました)が、やはり府県の大病院と比べると小さな病院でした(石垣島を馬鹿にしているんじゃないですよ。石垣島は第2の故郷です)。それでも破傷風血清はありました。

牧場で働いている事は必ず説明して下さいね。

  実はワクチンもある様です

獣医学科に進学した息子から「秋に破傷風のワクチン打つんだって」と言われ、破傷風ワクチンってあるの?と思って調べてみると、なんと子供の時に接種した3種混合ワクチンに「破傷風」も入っていました。

「ジフテリア」「百日咳」と「破傷風」だそうです。そこには接種は赤ちゃんの時2回、就学前もしくは11~12歳、そして成人に1回の4回打つとありました。成人?成人になって打った覚えがありません。我々の時は大学で打つ事も無かったはず…..

破傷風の話だけで長くなってしまいました。その他ズーノーシスは次回にします。