エンドトキシン再考

 再び牛とエンドトキシンについて考えてみる

  肉牛とエンドトキシン

最近エンドトキシンに取り憑かれております。勉強すればするほどエンドトキシンの沼にはまっていく感覚。

搾乳牛であれば(専門ではありませんので詳しくありません)分娩にまつわる周産期疾病など様々な原因による、様々な疾病があると理解していますが、肉牛について考えるとエンドトキシンが関与する疾病が非常に多いという意味でとても重要です。

もちろん目の前で起きている子牛の下痢や肺炎など個別の病気の予防や治療に対して日々対応しているのですが、もう少し俯瞰で、肉牛における問題の多くにエンドトキシンが関与しているという視点で見てみたいと思います。

  改めてエンドトキシンとは?

エンドトキシンとはグラム陰性菌に分類される細菌(一つの細菌ではなく複数の細菌)の外膜の構成成分であるリポ多糖体の事です。つまりグラム陰性菌は毒を持っていると考えても良いという事です

ではグラム陰性菌とは何?という疑問が出てくるでしょう。全ての細菌はグラムさんという人が考案した染色法で紫色に染まる菌類=グラム陽性菌と赤く染まる菌類=グラム陰性菌に分ける事が出来ます。それぞれ菌体の外壁(外膜)の構造が違う事によります。これはたいして重要ではありません。

つまりエンドトキシンとはグラム陰性菌の外膜成分であり、グラム陰性菌が死滅すると放出される毒素であるという事です。

  グラム陰性菌は牛のどこにいるのか?

そもそも牛の体内にグラム陰性菌が居なければ「エンドトキシンによる様々な障害」は起きないわけです。彼らはどこに居るのでしょうか?

  • 第1胃の中 第1胃の中には牛が食べた粗飼料や配合飼料を分解するために多くの細菌がおり、その中にはグラム陰性菌もいます。
  • 感染した細菌 元々は牛の体の中に居なかったグラム陰性菌に感染した場合です。例えばサルモネラ菌、大腸菌、パスツレラ菌やマンヘイミア等の菌です。(注意:大腸菌やパスツレラ菌は既に体に居る常在菌であり、牛の抵抗力が弱った時に発症する日和見(ひよりみ)菌であるという考え方も出来ますが、出生子牛の体の中にはおらずその後感染したと考えれば感染した細菌であると言える)

  グラム陰性菌はなぜ死ぬのか?

   第1胃の中のグラム陰性菌の場合

細菌にも人でいう寿命はあります。なので常に死んだグラム陰性菌は牛の第1胃に居ると言っても過言ではありません。その場合にもエンドトキシンは放出されます。しかしながらその程度の量のエンドトキシンは肝臓で分解、解毒されるので牛に悪影響を及ぼす事はありません。

結論から言えば牛の第1胃の中のphが酸性に傾きすぎると大量のグラム陰性菌が死滅するという事です。

   感染した細菌の場合

感染した細菌が増殖して牛に何らかの症状が出てくれば当然治療することになります。その細菌に効果がある抗生物質を使うことでそのグラム陰性菌は死滅する事になります。

  放出されたエンドトキシンの行方

「牛のエンドトキシン血症における第一胃運動、第四胃運動および肝臓への影響」(産業動物臨床医誌10(1):1-16,2019)で、敢えて濃厚飼料を多給してルーメン内のエンドトキシン濃度、第1胃静脈血内のエンドトキシン濃度、頸静脈血内のエンドトキシン濃度の変化を比較する実験がなされている。なお、引用文中のLipopolysaccharade(LPS)はエンドトキシンと同じ意味です。

試験方法は

供試牛を粗飼料多給群(3頭)と濃厚飼料多給群(5頭)に分けた。粗飼料多給群には試験期間を通じて1日あたり乾草9kg、市販の配合飼料3kgを給餌した。濃厚飼料多給群には、粗飼料多給群と同様の飼料から濃厚飼料多給(1日あたり乾草0.5kg、市販の配合飼料5kg、圧ペン大麦7kg)に切り替え4週間の給餌試験を行い、定時ごとの採材と各種測定・分析および臨床症状の観察を実施した。

LPS(エンドトシキン)の第1胃内動態の結果は

濃厚飼料多給前(Pre)の第1胃液LPS濃度は514±287 ng/mlであったが、飼料変換1日後には約4倍の2,015±1,295 ng/mlと有意に増加した。7日後から2回目のLPS濃度の著増が始まり14日後には約23倍の12,006±8,258 ng/mlに達し、28日後には3,390±4,375 ng/mlになった。

LPS(エンドトキシン)の頸静脈血液中の動態の結果は

濃厚飼料多給群のPre~1日後までは全頭の頸静脈血液にLPSは検出されなかったが、2日後に3.8±5.2 pg/mlとLPSが検出されて徐々にLPS濃度は増加し、5日後には12.7±8.6 pg/ml、21日後には20±20 pg/mlに達した

LPS(エンドトキシン)の第1胃静脈血液の動態の結果は

濃厚飼料多給群のPre~1日後までは16.9~48.7 pg/mlで推移していたが、2日後以降から増加し始め5日後には209±90 pg/mlに達し、一旦低下したのち21日後に再度増加(152±8 pg/ml)した。

とある。つまり粗飼料多給牛群でも第1胃内にエンドトキシンが存在し、第1胃静脈血にも存在するが末梢血液(全身に巡回している血液中)にはエンドトキシンは存在しなかった。

その後濃厚飼料多給すると第1胃内エンドトキシンが急増し、第1胃静脈血のエンドトキシンが増え、末梢血液にエンドトキシンが検出された。

第一胃液LPS濃度の増加に伴い、第一胃静脈血液LPS濃度が増加し、続いて末梢血液中にLPSが検出された。

また興味深い記述が続く

第一胃静脈血液中のLPS濃度が約40 pg/ml以下の場合は、末梢血液中にはLPSが検出されないことから、牛では第一胃静脈ー門脈を介して肝臓に流入するLPS濃度が40 pg/mlを超えると肝臓での解毒の処理限界を超えて、末梢血液中にLPSが検出されLPS血症を発症することが推察される。

また肝臓の役割、腸管からのエンドトキシン吸収について

肝臓は、血液中のLPSを除去する重要な臓器で、静脈内投与されたLPSの80%以上は肝臓のクッパー細胞により貪食・解毒される。健康なヒトでも腸内細菌が存在する腸管内にはLPSが産生されており、微量のLPSが腸管から吸収され門脈に入るが、肝臓のクッパー細胞で処理されるため大循環にはほとんど入らないことが知られている。

以上まとめると

  • 粗飼料多給牛の第1胃、第1胃静脈血内にはエンドトキシンが存在するが、末梢血液中には存在しない。
  • 濃厚飼料多給により第1胃内、第1胃静脈血内のエンドトキシンは著増し、末梢血液中にエンドトキシンが検出される。
  • 肝臓に流入するエンドトキシン濃度が40 pg/ml(pgはピコグラム:ナノグラムの1000分の1、マイクログラムの100万分の1)を超えると肝臓での解毒限界を超え末梢血液中にエンドトキシンがあふれ出てエンドトキシン血症を発祥する。
  • 腸管からもエンドトキシンを吸収する。

牛においてエンドトキシンがどこから来て、どのように吸収されるかを見てきました。次回は上記以外の吸収について考えてみたいと思います。