人畜共通感染症の続き
クリプトスポリジウム症
牛の世界に居ないとなかなか聞く機会の無い「クリプトスポリジウム症」という病気。実は人の感染は1976年に初めて報告され、それまでは牛や豚、犬、猫の病気でした。
日本で人が感染したという報告はなんと1994年でした。26年前です。26年前は石垣島の牧場で働いていまして、東京のなんとか大学の先生が牛のクリプトスポリジウムの保有状況を知りたいと調査に来た事がありました。
23年~25年前くらいだったと思います。日本での初感染報告を受けての調査だったのかと腑に落ちました。
ふと、当時から牛のクリプトスポリジウム症って今の様に問題になってたっけ?とおもいました。NOSAI診療所に居た時「子牛のクリプトスポリジウム症」なんて知らなかったような……ただの不勉強って可能性も大ですが。
畜産現場でのクリプトスポリジウム感染症
子牛ではせいぜい生後1ヶ月齢くらいまでしか問題にならないクリプトスポリジウム症ですが、人では年齢はあまり関係ありません。
感染した動物(ここでは牛)は糞1g中に数百万のオーシスト(卵だと思って良いです)を排出し、なんとオーシスト1個~数個で感染が成立し発症します。
畜産現場で感染するリスクが高まるのは主に子牛の管理に携わる人です。初めて畜産現場(子牛の居る)で働く人は何日かで激しい下痢を経験します。その他の症状は腹痛、嘔吐、脱水、軽度の発熱があります。およそ1週間程度続きます。
ほとんどの人は自然に回復するので心配は要りませんが、下痢の症状が無くなっても2~3週間は便にオーシストを排出し続けます。同居家族に赤ちゃんや抵抗力の弱い高齢者が居る場合は注意が必要です。
家庭内での感染を防ぐのは重要ですが、一般的な除菌剤、消毒薬などは効果がありません。塩素系消毒薬も全く効果がないのです。
70℃2分間加熱、乾燥しかありません。現実的な対応は手をよく流水で洗う事くらいです。
子牛でのクリプトスポリジウム症を見てみましょう
クリプトスポリジウム症の原因
牛が下痢をする場合消化不良を除き次の病原体が関与しています。
- 細菌
- ウィルス
- 原虫
- 寄生虫
上記の内一つの病原体が原因で下痢をしている場合もありますが、多くは複数の病原体が関与していると考える方が良いでしょう。
クロストリジウムはこの中の原虫です。同じく下痢の原因となるコクシジウムも原虫です。クロストリジウムの卵(オーシストといいます)を経口的に摂取する事で感染します。
いつの頃からか「全ての子牛の下痢にクロストリジウムが関与している」と言われる様になりました。
細菌性の下痢であっても例えば「細菌」と「クリプトスポリジウム」、ウィルス性の下痢であっても例えば「ウィルス」と「クリプトスポリジウム」と「細菌」が関与している、という意味です。
特にクリプトスポリジウム症は生後間もない子牛から1ヶ月齢くらいの牛で問題になります。抵抗力の弱い子牛で色んな病原体が混合感染して下痢を起こしているという事なのでしょう。
実際に糞便を検査するとクロストリジウムが検出されない場合もありますが、それ程子牛の下痢にクロストリジウムが関与しているケースが多いと認識するのが良いと思います。
クリプトスポリジウム症の症状(牛)
下痢と脱水が主症状です。下痢便を見てロタウイルスやコロナウィルスでの下痢と区別する事は困難です。
クリプトスポリジウム症の下痢は黄色い水様便とよく言われます。卵スープの様な下痢という表現もされます。その牛の下痢の主要な原因がクロストリジウムの場合はそうなのかも知れません。実際に黄色い水様便の場合もあります。
ただし上記の様に混合感染している場合はそうでは無い場合もあるのです。白っぽい場合もあり、水様便でなくブニュブニュ(ケーキに絞る生クリームをもう少し水っぽくした感じ)の便の場合もあります。
子牛の下痢便をこの色なら原因はこれ、こういう匂いなら原因はこれという資料をたまに拝見しますが、参考程度にご覧になった方が良いと思います。正にこれ!だと当てはまる下痢の方が少ないと思っています。
予防と治療
現状ワクチンなどの予防法はありません。また、細菌ならその細菌に効果がある抗生物質がありますが、クロストリジウムに効果のある薬もありません。
実際の現場ではネッカリッチという炭の粉を経口的に飲ませ、炭の多孔性(いっぱい穴が開いている)を利用して吸着して体外に排出するという治療をします。同時に整腸剤も投与します。あと卵黄抗体製剤も使います。
予防に関して「卵黄抗体(IgY)製剤の投与がクロストリジウム感染子牛のオーシスト排出量と血清および糞便中IgY濃度に及ぼす影響」(産業動物臨床医誌10(2):68-72、2019)によると
クロストリジウム感染症は生後1ヶ月以内の子牛に水様性下痢を引き起こす。クリプトスポリジウム症に有効な治療薬は存在しないが、子牛の下痢症に対する卵黄抗体(IgY)製剤が市販されており、これに抗クリプトスポリジウムIgYが含まれる。そこで本研究では、クリプトスポリジウム症に対する本製剤の効果を血清中および糞便中IgY動態から検討した。
その方法は
1酪農場の子牛12頭を対照群(通常哺乳)、初乳投与群(初乳に製剤60gを混合して投与)、2週投与群(初乳に60g、生後2週間まで生乳に製剤10g/日を混合して投与)の3群に分けて供試牛とした。試験期間は生後21日目までとし、血液および糞便を採取した。
そして結果は
全ての供試牛がCryptospotridium parvumに感染し、水様性下痢を発症した。糞便1gあたりの平均オーシスト数は2週投与群が、初乳投与群および対照群より有意に少なかった(p<0.05)。また、血清および糞便中の総IgY濃度および抗クロストリジウムIgY濃度は、初乳投与群および2週投与群ともに高値を示し、糞便中の総IgY濃度は生後5~14日目までは2週投与群で初乳投与群よりも有意に高かった(p<0.05)。糞便中の抗クロストリジウムIgY濃度は生後5および7日目に2週投与群で初乳投与群よりも有意に高かった(p<0.05)。本製剤の2週間の継続的な経口投与はクロストリジウム感染子牛のオーシスト排出量を減少させたことから、抗クロストリジウムIgYはクリプトスポリジウム症予防に有用である可能性が示唆された。
とある。
卵黄抗体製剤とは
私が知る範囲では2社から抗クリプトスポリジウム抗体を含む製剤が発売されています。クロストリジウムの他にサルモネラ、クロストリジウム、コロナウィルス、ロタウイルスの抗体も入っています(少なくとも1社の製剤は)。
私の行っている牧場では通常の治療をしてもなかなか止まらない下痢の時に治療として使っています。
和牛繁殖牧場などで生後1ヶ月以内の子牛下痢に悩んでいる様な場合、予防として使用するのも一つの手だと思います。1頭の子牛が亡くなるのを考えればその手間もお金も無駄にはなりません。