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破傷風の開帳姿勢と筋肉振戦(動画)

破傷風という病気

またクロストリジウムの話になってしまいますが、ここ何年かクロストリジウムが原因の病気がとても増えている様な気がして・・・実際に現場で遭遇する事も増えました。

さて、破傷風はクロストリジウム・テタニーというクロストリジウム属の菌が原因です。テタニーとは痙攣という意味です。

牛の破傷風の症状と言えば口を食いしばる様な「牙関緊急(がかんきんきゅう)」と呼ばれる症状と、四肢を硬直伸長して首も後ろにグーと反ってしまう「後弓反張(ごきゅうはんちょう)」が特徴的です。

四肢は曲げようとしても曲がりませんし、首を戻しても直ぐ反ってしまいます。

ほとんどの場合発見した時にはこの状態になっていて、慌ててペニシリンやアンピシリンを頻回投与しても残念ながら助けられない事が多いです。

この状態でも1週間~10日生きている事もあり、牧場の人が見かねて安楽死してくれとなるのです。

 

破傷風の症状(教科書的には)

「牛の臨床」によると

潜伏期は1~3週間で、まれにさらに長期間を要する事もある。初期症状としては、騒音や光に対する反応の亢進がみられ、不安そうにしたり、興奮しやすくなったりする

と初期症状についてありますが、この時点で発見する事はほぼ無いでしょう。その後症状が進むと

四肢、頚部、尾部の筋肉が硬直し、その結果、歩く事を嫌がったり、尾の挙上がみられたりする。静止しているときに開帳姿勢(いわゆる「木挽台」あるいは「木馬」様姿勢を取ることもあり、さらに耳翼開帳、鼻翼開帳、瞬膜露出、牙閑緊急、流涎などがみられる。

とあります。

上の動画は典型的な開帳姿勢と筋肉振戦、流涎が見られた牛です。

とは言っても遭遇したのは初めてでした。何十頭も破傷風の牛は見ましたがいきなり「後弓反張」の牛ばかりでした。

この牛のその後

最近破傷風が多く、自宅に破傷風血清を4本(50mlを4本)持っていたのですが、何日か前に別の牧場で3本使ってしまい1本しかありませんでした。

破傷風血清は早期に100~200mlを注射するものなのですが、50mlしか無かったんです。

とりあえず50mlを静脈注射し、静脈注射できるペニシリン(結晶ペニシリン)を5日間朝、夕2回打ってもらいました。

なんと助かりました。目をひんむいてる様子は変わりませんが、開帳姿勢と筋肉振戦は無くなり食欲も正常です。

破傷風血清の課題

動画の牧場では血清を注射した前後にも破傷風が発生しました。血清を取り寄せるのに何日か要した為、前後の牛はペニシリンだけの対応で、結果助かりませんでした。

血清を投与するまでの時間との勝負だと思います。但し血清は1本約2万円しますので、発生するか判らないのに、牧場で常備してもらう事は出来ません。

そこで発生の比較的多い(年間何頭か出る)牧場にはそれぞれ2本冷蔵庫で保存してもらい、使用した後請求する事としました。使用せず使用期限が切れたら新しい血清と交換するという事で。使用期限が切れた血清は廃棄するので私の負担となるのですがそれは致し方ないと思いました。

獣医師としては発生するか判らないのに常備出来るか?そして発生後いかに早く投与出来るか?が課題になると思います。

凍傷(子牛)

 北海道では珍しくない凍傷

冬場の最低気温がマイナス20℃を超える事もあるこの地域では凍傷になる子牛を見る事も珍しくありません。

耳の先が落ちてしまったり、球節から下がボロっと落ちてしまいます。

球節が落ちる場合、その何日も前に球節付近にグルッと1周線が入っている様に見えます。

実際は線では無くて幅1~2mmくらい皮膚が裂けているのです。

この時点で球節から下の皮膚とその下層組織には血流は無いものと思います。だから皮膚組織が壊

死して裂けて線が入っている様に見えるのだと理解しています。

線が入ってから何日か後、1週間か2週間か、もう少し長かったかも知れませんが足が取れ始めます。出血は全くありません。

線が入っていた所より下は血液が流れていない訳ですから出血はしませんよね。当然です。2枚目の写真は右後肢球節から下がほとんど取れてしまっています。

完全に取れると3枚目の様な断面が見られます。骨も同じ断面で落ちてしまっています。

この時点では化膿もしていませんし、子牛は元気にミルクも飲みます。創面が床に着くのが痛そうでクッション材で被服して、包帯で巻いたりしましたが、最終的には化膿して駄目でした。

 

 原因は?

初めて北海道で凍傷の牛を見た時「分娩した時の環境、例えば生まれて冷たいコンクリートの上に長時間居たとかが原因」と人が教えてくれました。

1,3枚目の写真は黒毛和牛で母牛が1,000頭を越える大規模農場の子牛でした。どの子牛も同じ様な環境で生まれていて、この子牛が特別冷える環境ではありませんでした。

他の原因が無いか調べていると松本大策先生のコラムに面白い記述がありました。 

「寒冷凝集素症」という病気です。寒冷凝集素とは血液中に存在する「低温状態で赤血球を凝集させてしまう成分」で固まった赤血球が血栓となり、その先の組織が壊死するとの事。

寒冷凝集素は肺炎やマイコプラズマ感染症で増えるとの事。

 それでも疑問が残る…..

冬期に肺炎やマイコプラズマ感染症に罹る子牛はこの地域ではものすごい頭数です。そしてその課程で低体温になる子牛も多いです。

また、私が見た凍傷の子牛はいずれも肺炎等の治療中、もしくは治療後の子牛ではありませんでした。

低体温と肺炎あるいはマイコプラズマが原因ならば北海道の子牛でもっと多くの牛の四肢端や耳が壊死しているはずだと思うのです。

現実的には発生件数は非常に少ない、と言っても過言ではないくらいの発生率です。

やはり凍傷だと考えるのが理屈に合う様な気も…….正解は不明です。

 

 

 

 

 

肥育牛(育成牛)の突然死②

 牛でのクロストリジウム感染症の種類

クロストリジウム属菌による病気は

  • クロストリジウム・パーフリンゲンスによる出血性腸炎あるいはエンテロトキセミア
  • クロストリジウム・ショウベイによる気腫疽
  • クロストリジウム・セプティカム、クロストリジウム・パーフリンゲンス、クロストリジウム・ノビィによる悪性水腫
  • クロストリジウム・テタニーによる破傷風
  • クロストリジウム・ボツリナムによるボツリヌス症

これらの内気腫疽破傷風届出伝染病(発見、診断した獣医師は都道府県知事に届け出る義務がある)です。

牛の世界ではサルモネラ菌と並び非常に厄介な恐い菌です。

 突然死を引き起こすクロストリジウムは

上記の内、牛で突然死を引き起こすのはエンテロトキセミア、気腫疽、悪性水腫です。破傷風については以前

で紹介しましたので、興味があればご覧下さい。ボツリヌス症については後で別に紹介します。

 それぞれの症状(教科書によると)

  • エンテロトキセミア  発熱、出血性下痢、食欲廃絶
  • 気腫疽        高熱、皮下気腫(皮下にガスが貯まり押すとプチプチ音がします)、運動器障害(起立が弱くなる、モタモタと歩く、痛みが有るように歩く、起立出来ない)
  • 悪性水腫       皮下水腫(水様性のものが皮下に貯まり腫れる)、皮下気腫(ガスが貯まる)

それぞれの症状が出れば分かりやすいのですが、実際はそうはなりません。エンテロトキセミアで出血性下痢が見られるか?というと見られない事の方が圧倒的に多いです。死亡して解剖すると体内であらゆる臓器、皮下に出血が見られるというパターンが多いと思います。

少し話は逸れますが子牛でもエンテロトキセミアがあります。出血性腸炎の方が馴染みがあるかも知れません。子牛の血便と言えば疑うのはサルモネラ、出血性腸炎、コロナウィルス、コクシジウムといったところです。

子牛のクロストリジウムによる出血性腸炎の厄介な所は明らかな血便を示さないケースが多いという事です。朝はミルクをのむけど夕方は飲まない、且つ日中はお腹に鼻先をくっつける様に(具合悪そうに)グッタリしている。翌朝はお腹が空くのでミルクをなんとか飲む。

その程度の症状しか出ない場合も多いのです。その後死亡した牛を解剖すると腸内に大量の出血を認めるというケースを何度も見ました。

また、下痢の原因を調べようと糞を検査に出してもクロストリジウムは検出されない事も多いのです。クロストリジウムは嫌気性菌といって酸素のある場所では生存できないため、普通に便を取っても検出する前に死滅しているという事です。

クロストリジウムにはアンピシリンが良く効きます。子牛が下痢で死ぬ、中には血便の牛も居た、バイトリルなどを使ってもイマイチ効いていない様な感じがする場合、アンピシリンを使うと良くなる事もあります。

話の逸れついでにアンピシリンは時間依存の抗生物質です。ペニシリンなどもそうです。時間依存の抗生物質は一度に大量に注射するよりも1日に2~3度注射する方が効果が高いのです。1日量を分けるのではなく、例えば体重40kgに2ml注射するとすると2mlを2回ないし3回注射するという事です。

確かエンテロトキセミアは鼻孔や口からの出血が見られるという症状もあったと思いますが、気腫疽で死亡した牛でも鼻孔や口からの出血が見られる事もあります。

 クロストリジウムの感染経路

クロストリジウムは創傷感染という珍しい感染経路で感染します。傷口から感染するという事です。牛から牛へ伝染する病気ではありません。たまにポツッと発生する突然死などは足の傷口、肢間腐乱の病巣などからの感染はあると思います。

クロストリジウムによる突然死は同時期に、立て続けに発生する事があります。まるで次々に伝染しているかの様に見えます。

経口感染するという文書をネット上で見ましたが、私はその場合も経口感染ではなく創傷感染であると思っています。

例えば牧草がクロストリジウムに汚染されている場合、同じ牧草を与えた牛群の中で、口から肛門までの間に傷があれば感染が成立し、同時期に立て続けに発症するのだと理解しています。

育成牛や肥育牛ではアシドーシスにより第1胃の粘膜が剥がれ落ちている事は普通にあるので、そのような牛は発症し、そうでない牛は同じ牧草を食べても発症しない事になるのだと思います。

クロストリジウムは土壌菌と呼ばれる、土の中に普通に居る菌です。汚染される可能性は十分あります。

 牛のボツリヌス症

この病気もクロストリジウムによる病気です。教科書的には食欲廃絶と衰弱、流涎、呼吸困難、嚥下困難なども症状としては記載されていますが特徴的なのは後肢の麻痺です。

経過が早く発症から3日程度で死亡するとされていますが、完治した経験があります。

破傷風が時々発生し、突然死もあった牧場である時1頭の牛が隔離されていました。4,5ヶ月齢くらいの牛。「どうしたの?」「昨日群の中でふらふらしていたから隔離してます」「立つの?」「後ろ足がきかないみたいです」との事でした。

ボツリヌス症の可能性があるからアンピシリンを1日3回注射しようか?となり、その後その牛は普通に立つ様になりました。

 クロストリジウム ワクチンの考え方

私が知る限り素牛導入時にキャトルウィンCL5を注射する牧場はありますが、その後6か月おきに打っている牧場は非常に少ないです。牛は大きいしとても手間ですよね。

クロストリジウムによる突然死は肥育後期に多いと言われます。低いビタミンAやアシドーシスが影響していると思います。発生農場では出荷月齢から逆算して6か月間隔でキャトルウィンCL5を注射する事も検討すべきだと思います。

 クロストリジウムの消毒

クロストリジウム属の菌は周囲の環境が自身にとって良くないと、芽胞という殻に閉じこもり数年以上生存します。芽胞の状態であると100℃4時間以上加熱しても死滅しません。

 

肥育牛・育成牛のその他の突然死についてはまた別の機会にします。

肥育牛(育成牛)の突然死①

 肥育牛の突然死の原因は肝膿瘍?

NOSAI時代は肥育牧場に診療に行っても「注射はこっちで打つから薬だけ置いていって」と言われ牛にも触らせて貰えませんでした。新人獣医だった事もあるでしょうが、先輩獣医師も肥育牧場で治療している様子は無かったのでそういう時代だったのかなと思います。30年も前ですから…..今は違うと思います、たぶん。

その後和牛繁殖の牧場で働き、配合飼料会社へ転職しました。配合飼料会社に入り牛の経験があるとの事で肉牛の研究技術員に配属され肥育牧場に伺う機会が増えました。

ほぼ肥育牛に接する機会も無いまま来ましたから、肥育牛の病気も、目の前の牛がどれくらいの体重なのかも、この月齢でこの大きさなのは正常なのか否かも全て判らない状態のスタートでした。

配合飼料会社なので病気の話になる事はほぼ無かったのですが、時折「肝膿瘍でポロッと死ぬんだよな」という話を聞きました。肥育牛の突然死です。「前日まで異常無くて眠るように死んでいる時は肝膿瘍なんだって」という話でした。

聞く側に知識が足らないので「そうなんですか…」くらいの反応で今考えると我ながら情けないと思います。突然死の死因を究明する立場でも、その必要も無かったからではあるのですが…

 肥育牛の死亡原因

「肥育牛の栄養と感染症」木村信熙(The Jornal of Farm Animal in Infections Disease VoL1 No.2 2012)の「死廃の原因となった肥育牛の主な疾病発生率の変化」という表から肝膿瘍の死廃を見てみます。突然死のみでは無くすべての死亡、廃用についてです。

死廃とは死亡と廃用という意味で、廃用とはNOSAIに加入している牧場で

  • 一両日中に死亡すると認定された場合
  • 起立不能、骨折、舌断裂など回復不能と認定された場合

など(他にもありますが)肉として屠畜し、一定程度の共済金(死亡保険金の様なもの)をもらえる制度で、NOSAIに加入していない人では馴染みが無いですが、緊急出荷と同じ様なものです。

資料によると2009年肥育肉牛死廃頭数は 41,370頭。その内消化器病が30.3%、呼吸器病が24.3%、循環器病が20.0%で全体の75%を占める。

これを疾病別にみると、肺炎が23.7%、心不全19.3%、鼓張症が10.5%となります。

肺炎、鼓張症が多いのは納得ですね。ただ心不全19.3%は疑問です。

「心不全 死因」で検索すると人医療での心不全は『さまざまな心臓病を患った人が、その後、心臓の機能が低下して、日常生活に支障をきたすような状態になる事を心不全と言う』となっています。

しかし最終的には心臓が停止して亡くなるので、死因が特定出来ない場合に「心不全」が使われてきた経緯があるようです。

寿命を全う出来る「人」では心機能が低下し心不全に陥る事は理解出来ます。牛は長く肥育される黒毛和牛でも30~40か月齢です。心不全が低下して死亡しているとは考えられません。

つまり、肥育牛の20%近くの死亡も多くは原因が特定できないから「心不全」とされている可能性があるという事です

 肝膿瘍の死廃率は?

上で死廃率のトップは消化器病の30.3%であると記しましたが、肝膿瘍は消化器病に入ります。肝膿瘍の他にはルーメンアシドーシス、鼓張症、食滞、第4胃変位などおなじみの病気が入ります。

肝膿瘍の死廃率はどうでしょうか?0.3%です。41,370頭の0.3%は124頭です。

多いと思うでしょうか?少ないと思うでしょうか?

その他の肝臓病、肝炎などを加えた死亡および廃用の頭数は186頭です。

そもそもエコーを使わないで「肝膿瘍」という診断を付ける事自体が難しいので124頭でも多い様に思います。最近では牛の世界でもエコーを使う事が増えた様ですが、使用用途は主に妊娠鑑定などの繁殖部門が多い様です。

 ここで疑問です

肥育牧場のみならず育成牧場でも離乳後の群で「前日まで異常が無かった牛が眠るように死んでいる」(突然死)という経験はあるとおもいます。

「眠るように死んでいる」(突然死の)牛の死因が肝膿瘍なら、死亡牛の0.3%が該当する事になります。1,000頭の死亡牛の内3頭が「眠るように死んだ」事になります。もっと多くないですか?

1,000頭も死んだら大変な事ですが。

つまり「前日まで異常が無かった牛が眠るように死んでいたら肝膿瘍だ」というのが間違いなのです。

 もう一度心不全を考える

突然死した牛の死因を考える時、何の死亡原因も見られないという事はよくある事です。「なんで死んだの?」と牧場の人に聞かれて、前日まで何の症状も無かったのに「肺炎ですね」とは言えない。

そこで「心不全ですね」という事になるのです。

確かに子牛の聴診をすると心雑音があったり、ドックンドックンのリズムが不整だったり、一部の心音が聞き取れないという牛は居ます。それも珍しいわけでもなく、よく出会います。

それらの牛が成長し、体重が増えた事が原因で心不全を起こし突然死する事はあると思われます。全てを否定する気は毛頭ありませんが、20%近くの牛が心不全で亡くなるというのはやはりあり得ません。

 肥育牛の突然死の原因

肥育牛と離乳後の育成牛で突然死が起こる。敷き料の僅かなくぼみにはまって起き上がれず窒息死する事も珍しくはありませんから「窒息死かな?」と考えるけど、牛がもがいた形跡が無い。

20%近くの心不全の中にはクロストリジウム感染症がかなり多く含まれると考えています。

 肥育牛(育成牛)におけるクロストリジウム感染症

子牛の下痢でもクロストリジウム感染症は問題になりますが、今回は肥育牛(育成牛)の突然死に関連してのクロストリジウム感染症を考えます。

教科書的には

  • クロストリジウム・パーフリンゲンスは主に肥育末期に鼻、口などからの出血や下痢を起こす。
  • クロストリジウム・セプティカム、クロストリジウム・パーフリンゲンス、クロストリジウム・ノビィが期間を問わず下痢、発熱、呼吸困難、皮下気腫(皮膚を押すとプチプチした音がする:注 肺炎でも皮下気腫ができる事があります)を起こす
  • クロストリジウム・ショウベイが発熱、浮腫(むくみ)、皮下気腫を起こす

となっています。典型的な症状を出したらそうなるという理解の方が良いかもしれません。

上記クロストリジウム感染症の全てに共通する症状は「突然死」です。

そして実際の現場ではほとんど症状を示さず突然死の原因となっています。

 クロストリジウムによる突然死の例①

ある牧場での例。離乳後~9か月齢までの牛が入っている牛舎で突然死が多いとの相談を受けました。前日までは何の異常もないのに、朝牛舎へ行くと死んでいる。年間何頭も出るとの事。

「クロストリジウム・パーフリンゲンスという出血性腸炎を起こす菌が原因だと思います。キャトルウィンCL5というクロストリジウム属のワクチンがあるのでワクチンを使っては?」と、しかし

「突然死する牛は下痢もしていないし、まして血便もしてなくて死んでいる」という返事。説明が下手で申し訳ない・・・

「一般的には子牛で出血性腸炎を起こす菌として知られていますが、育成牛や肥育牛では突然死を起こすんです」

その後しばらくはキャトルウィンCL5を使おうという判断は頂けませんでしたが、ある日また突然死が・・・そこで化成処理場で皮下や腸内に出血が無いか?調べて貰ったところ、確かに皮下と腸内で多くの出血が認められたという事がありました。それがクロストリジウムだと培養したわけではありませんが。

その後キャトルウィンCL5を使い半年以上が経過しましたが、その牧場で突然死は出ていません。

 クロストリジウムによる突然死の例②

交雑種肥育牧場で出荷近い牛が立て続けに4頭死亡。突然死でした。週末を挟んで翌週も1日1頭、2頭と突然死。5頭目を家畜保健衛生所に剖検依頼。クロストリジウム・ショーベイが検出されました。

キャトルウィンCL5は打っていましたが生後7か月前後で1回のみ。本来キャトルウィンCL5は3週間~1か月の間隔で2回接種する必要があります。

そして厄介な事に2回接種してもその効果が6か月しか持続しません。一番肉が乗る肥育後期には効果が切れてしまうのです。

長くなりましたので続きは次回にしたいと思います。

エンドトキシンの影響

 前回まででエンドトキシンについて

  1. 粗飼料多給牛の第1胃の中、第1胃静脈血液中にもエンドトキシンは存在する。しかし末梢血液中には存在しない。
  2. 濃厚飼料を多給すると第1胃の中、第1胃静脈血液中のエンドトキシンは著増し、末梢血液中でエンドトキシンが検出される。
  3. 肝臓に流入するエンドトキシン濃度が40 pg/mlを超えると、肝臓の解毒の処理限界を超えて溢れたエンドトキシンが末梢血液中にオーバーフローし、エンドトキシン血症状態になる。
  4. 腸管からのエンドトキシン吸収もある
  5. 濃厚飼料多給試験でルーメンパラケラトーシスがあった牛では末梢血液中にエンドトキシンを検出したが、ルーメンパラケラトーシスが無かった牛では末梢血液中にエンドトキシンを検出しなかった。

という試験を紹介し考えてきました。

 エンドトキシンが第1胃、第4胃へ与える影響

更にエンドトキシンが血中に流出した場合、第1胃と第4胃にどのような影響を与えるかについて「牛のエンドトキシン血症における第一胃運動、第四胃運動および肝臓への影響」(産業動物臨床医誌10(1):1-16,2019)で試験されています。

なお、引用文中のLipopolysacchride(LPS)はエンドトキシンと同じ意味です。

LPSを牛の静脈内に投与してLPS血症を実験的に再現し、第一胃運動、第四胃運動、肝臓並びに代謝に与える影響について検討した

その手順は

供試牛3頭の頸静脈内にLPS(E.coli O55:B5,SIGMA東京)5㎍/kgを1回投与した。LPSの静脈内投与後に経時的な採血および生理機能検査を行い、1週間後に病理解剖検査を実施した。採血はLPS投与前(Pre)、投与1,3,6,9時間後および1,2,3,4,5,6,7日後に実施した。

その結果第一胃運動は

第一胃運動は、LPS静脈内投与1時間後にほぼ停止し軽度の誇張症を発症した。投与9時間後から第一胃運動は回復し始め、翌日には収縮運動はほぼ回復した。

第四胃運動は

LPS静脈投与1時間後にはほぼ停止した。投与9時間後には、第四胃の収縮運動はほぼ回復した

とある。驚くべき結果でした。エンドトキシン投与1時間で第1胃と第4胃の運動がほぼ止まる。

育成牛以上では食欲がない、餌を食べないという稟告はよくある事で、当然聴診で第1胃運動が低下あるいはほぼ停止していると判断する状況はよくある事です。ミルクを飲まない牛の第4胃を聴診しても運動が低下しているかは判りませんが…….

第1胃がほぼ停止している場合一番に頭に浮かぶのは第1胃食滞です。その他には伝染性リンパ腫です。昔は牛白血病と言いましたが今は伝染性リンパ腫と言います。伝染性リンパ腫の牛を何頭か診た事がありますが、ルーメンの聴診音はびっくりする程静寂です。何の音もしません。

面白いケースがあります。最初は学生時代でした。我が研究室では牛、羊を飼養していましたが羊のルーメンにフィステルという器具を装着し蓋を開けると直ぐルーメンにアクセス出来る手術をしていました。消化試験などのために。

術後少し化膿するんです。そこにハエが集るんですね。そこに当時助手だった先生(獣医ではない)が殺虫剤をスプレーしていました。その後その羊は全く餌を食べなくなり何が原因だ?と小パニックに…..

「あれ?先生殺虫剤かけてませんでした?」となり、その後羊の食欲は正常になりました。殺虫剤が粘膜から吸収されるとルーメンの運動が停止するとその時知りました。

2度目は何年か前「牛が全く餌を食べない」という事で聴診。全くの無音。「白血病の時みたいだね~」なんて言って、リンパ節を調べても異常が無い。何か変と思いながらグルッと牛を聴診。その時足に傷があるのが見え「怪我したの?」「そうなんです」

その時まですっかり忘れていた学生時代の記憶がフラッシュバックして「もしかして傷口に殺虫剤かけてない?」「はい、ハエが多くて…..」「それが原因だね、殺虫剤止めれば食べるようになるよ」と言うとポカンとしてましたが、その後牛は食べるようになりました。

伝染性リンパ腫は体表リンパ節の腫脹などその他症状を見れば類症鑑別できます。第1胃食滞はどうでしょう?第1胃食滞では体温、呼吸数や心拍数に異常は診られません。エンドトキシンの影響で第1胃運動が停止した場合は、上記試験で

牛へのLPS投与後、全頭で30分以内に呼吸が促迫となり1時間以内には水様性の下痢を生じた。3~7時間後にかけて、牛は座り込み食欲もなかった。9時間後には立ち上がり少し落ち着いた様子を見せた。

とある。エンドトキシンの影響で第1胃運動が停止する場合呼吸数に異常が診られるという事です。

では体温はどうでしょう?「エンドトキシン」を検索すると主に人医療でのエンドトキシンについて、「エンドトキシンは代表的な発熱物質であり、全身性の炎症反応を起こす」とあります。

牛も同じでしょうか?「エンドトキシンと牛の病態 新井鐘蔵 動物衛生検査所 病態研究領域」では

牛では必ずしも直腸温の上昇が認められるわけではない。これに関しては様々な報告がある。たとえば、仔牛に高濃度あるいは低濃度のLPSを投与すると発熱反応は起きず、2㎍/kg投与すると低体温とショックを起こし、0.25㎍/kg投与すると明瞭な発熱反応が観察されないいう報告がある。

また

経時的には、成牛の方が比較的ちゃんと発熱を起こすが、仔牛や育成ではショックをおこすこともよくみられ、発熱を起こさず低体温になるということが実験的にわかった。

とある。牛の場合発熱は判断基準とはならないという事になります

つまり第1胃の運動が停止しているケースでは、それがエンドトキシン血症の1症状かもしれないという事を知っている事が重要で、その際は呼吸数の増加、歩様蹌踉(歩く様がふらふらしている)、起立しない等他の症状があるという事です。

 子牛へのエンドトキシンの影響

では子牛への影響を考えてみます。上記の引用文から子牛への影響は

  • エンドトキシン血症では第4胃の運動がほぼ停止する。
  • 呼吸促迫(呼吸数の増加)が診られる。
  • 必ずしも発熱があるわけではない。
  • ショックや低体温になる事がある。

そうなる原因は育成牛以上では亜急性アシドーシスである事もありますが、哺育牛ではルーメンはほとんど発達していないためアシドーシスは関係ありません。つまり病原性のグラム陰性菌の死滅が原因になります。

上記4つの箇条書きを読んで、ん?となりませんか?

肺炎であれ、下痢であれ治療中の子牛で朝ミルクは飲んだ。治療の為抗生物質を注射した。午後牛舎に行ったら呼吸が速く、起立出来ず、低体温になっている。子牛を飼養している人なら経験があると思います。

そんな場合どの様な処置をするでしょうか?頭に浮かぶのは「薬のアナフィラキシーショック」でしょう。となれば注射するのは副腎皮質ホルモン(デキサメタゾン)かアドレナリン(人薬なので獣医以外は持っていないと思います)です。場合によっては血流を確保するために点滴もするでしょう。

 

上のブログでも紹介しましたが、血中のエンドトキシンを減らすにはウルソデオキシコール酸を注射します。通常のアナフィラキシーショックの処置だけでは血中エンドトキシン濃度は下がりませんので、放置すれば最悪多臓器不全を起こす事もあります。

また先のリンク「エンドトキシンと牛の病態」ではウルソデオキシコール酸を静脈注射した場合と経口投与した場合の違いについて

UDCA頸静脈投与群では3時間目以降末梢血液中にLPSが検出されなくなった。一方、ウルソは経口投与しても速やかに腸管に吸収されるが、経口投与した牛ではLPSは末梢血液中に残っており、特に改善は見られなかった。

とある。つまりウルソデオキシコール酸は静脈注射する必要があるという事になります。

おかしいな~朝注射した時は元気だったのに…..急に低体温になって起立も出来ない。比較的多いケースです。ウルソの注射は常備しておいた方が良いかも知れません。ミルク飲まない場合にも使いますし……..